高校入試問題の出典から「何を読むべきか」を考える
リーディング指導において,いつ,何を,どのように読ませるか,という問いは,けっこう頭を悩ませる問題だと思う。
今ぼくは中学生を対象とした分野で仕事をしているので,中学3年間でどれくらいのレベルの英文を読めるようになっておくべきか,ということを少し考えてみたい。
1つの目安として,入試問題が挙げられるだろう。「当校に入学するには,これだけの英文を x%
読めるだけの英語力を身につけておいてほしい」というメッセージと考えられるからだ。もちろん,x の数値は学校によって異なる。
というわけで,高校入試の問題ではどういう英文を素材として使っているか,少しずつではあるが調べている。ただ,入試問題のコピーを入手しても,そこに出典を明記していない高校もあるので,自分の限られた範囲の読書の記憶に頼るか,特徴的なフレーズを入力して Google
で検索という手順を踏むしかない。したがって判明したものは非常に限られる。なお,原著作者に無断で使用している学校がほとんどだと思うが,著作権法で認められた例外なので,とくに問題はない。
それを使って過去問集を販売するなど,商売にするのであれば原著作者と学校側の許可が必要になる。
でも原著者にまで許可を得ている問題集なんてほとんどないんだろうな。
高校入試問題の出典からみた文法指導の問題点
次の英文を見てみよう。
The Lucky
Little Lighthouse
(2001年ラサール,1999年武蔵で出題)
指導要領とのギャップ
英文の分量としては,639語。高校の入試問題での読解の素材としては,平均的な語数だと思う。
中身も,奇をてらった出題になりようもない,非常に優れたものだ。高校受験生に対して無理のない要求。
サイトによると,レベルは Grades Pre-3 ということなので,ネイティブでは幼稚園から小学校3年生レベルにあたる。
ところが,その中にも,現行の指導要領では中学校で教える範囲に入っていない文法事項がかなり出てくるのだ。
たとえば,could や would といった仮定法で用いられている過去形の助動詞。("Could that be a lighthouse?" he thought to himself. "That would be impossible. . . . )過去形の助動詞自体は教えられているが,仮定法は範囲外なので,慣用的・定型的表現として処理するしかない。要するに丸暗記させなければならないのだ。これは「ゆとり」に逆行する。
丸暗記させないで,仮定法を教えることにすればどうか。過去形は時間的な隔たり(過去)を表すほかに,気持ちの上での隔たりを表す場合もある(仮定法),したがって,より丁寧な表現として,依頼などを表すのに婉曲的に過去形を用いることができるから仮定の意味は薄れるが会話でも過去形の助動詞はよく登場する,というように教えれば,理屈がわかって丸暗記よりはるかに効率的に頭に入るはずだ。(上の仮定法の説明は,歴史を無視して現代の用法だけを見たものなので,ちょっといかさまっぽいかもしれない。)
ほかに,関係代名詞
what が使われている。これなんか,範囲外ということで書き換えるとしたら,thing(s) which
なんかを使うことになるが,そうするとどうしても不自然になる。会話でもよく使われるし,なぜ中学で教えないのかわからない。おそらく,文部省はどのようにして教科内容を削減したかという記事で暴露されているのと同様のことが,かつて中学校の英語でも行われたということだろう(中学校の外国語は,今回の指導要領改訂でも内容はさほど削減されたわけではない。その前までの削減が激しかったのだ)。
ただし,このところの「ゆとり」に対する文部科学省の「反省」姿勢を見ていると,事態は改善の方向に向かいつつあるという希望もまだ持てるだろう。英語なんかは,早めに教えて時間をかけて定着させるという考え方が絶対いいと思う。
そのほかの問題点
先ほど The Lucky Little Lighthouse
を優れているとほめたが,疑問がないわけではない。やはり内容が幼稚というか,15歳の少年少女にとっては少し物足りないのではないか,ということだ。理想を言えば,15歳なりの問題意識を共有できるような素材がいいのだけれど,英語圏の15歳の少年少女がまじめに書いた物語やエッセイは,日本の中学生が学習する範囲の英語力では歯が立たないのだ。
たとえば,Stone
Soupという雑誌のサイトがあって,子供たちの書いた詩や物語,エッセイ,イラストなどがオンラインで読めるようになっている。作者のプロフィールもわかるようになっているので,何歳の子がどんなレベルのものを書いているか確かめてみるとよい。ここの素材から,2002年の早稲田大学高等学院でA Time for
Hopeというのが出題された。書いたのは13歳だが,これなど高校入試としては最難関レベルだ。というか,過去完了や関係副詞など,中学で習わないことになっている文法事項が多い。高校側も,完璧に読みこなすことまでは求めてはいないだろう。しかし,これを要求するのも理不尽とは思えない。やはり指導要領の水準が低すぎるのだと思う。
高校入試問題の出典いろいろ
このほかに,出典を確認することができたものを以下に挙げておく。Chicken
Soup for the Soulのシリーズ(jackcanfield.comも参照)がよく使われている。
たとえば,2000年白陵および2001年お茶の水大学附属高校で出題された "The Circus" by Dan Clark(A
2nd Helping of Chicken Soup for the Soul所収)。これはhttp://www.rosebriar.uk.com/greetings/circus.htmlで読めるが,おそらく著作権者に無許可で転載したものと思われる。
2001年東京学芸大附属高校では,"My Father's Tears" (Chicken
Soup for the Expectant Mother's
Soul所収)が出題された。
なお,同年の入試問題に出たもう1つの文章,科学的説明文のほうは,black
typhus の情報をもとに,先生方が書き下ろしたものではないだろうかという気がする。別に出典があるかもしれない。
青山学院はキリスト教というか倫理的な文章をよく出題する。
The
Little Black Book(2002年青山学院)
"Jackie Robinson and Me" by Dan Gutman(1999年青山学院)
慶應女子高校は,やや難しめだが印象に残る物語をよく出題する。2002年には Atalanta(Betty
Miles)が出た。
|